☆ 大賞 藤沢美由紀
「砂時計こぼれるようにふりつもる今」(問いの片歌)
「すりきれたレコードに針がゆっくり落ちる」
【評】問いの片歌の、時間の堆積のように「今」をとらえる感覚に対して、繰り返し聴いているお気に入りのレコードをまたかけるという日常の場面 がよく呼応しています。いまはもう、「針を落す」という言葉さえ通じなくなってきましたが、思えば針を使って聴くレコードは針の先に「今」という時があることをよく示す象徴的な事物でした。「砂」のザラザラ感と、「すりきれたレコード」の音の感じが結びついています。砂時計を逆さにしてまた使い始めることと、レコードに両面 があることの連想も生きています。
(選考委員 深沢眞二先生)
☆ 佳作 今井洋子
「春よ来い早く来いとてどこからか歌」(問いの片歌)
「ぜんまいが春の時計をくるくると巻く」
【評】問いの片歌からは春を待ち望む心が伝わってきます。この一番待ち遠しい季節を呼び寄せるために、ここでは春の山菜として親しまれているぜんまいを登場させました。若芽は渦巻状ですから「くるくると巻く」は自然に出てきますが、そこに「春の時計」を挿入したところにセンスを感じます。ぜんまいの可愛らしい形状が時計に重なり、一歩ずつ春が近づいてくる時間の動きが伝わってきます。春待つ心が楽しく歌われています。
(選考委員 三枝昂之先生)
☆ 佳作 坂内敦子
「春よ来い早く来いとてどこからか歌」(問いの片歌)
「ブナ(きへんに無)林根元の雪がまぁるくとけて」
【評】早春の森では、幹のなかを流れる水のために、木の周りだけ雪が融けてドーナツのように穴があき、地面 が覗いていることがあります。山深くゆたかなブナの林の早春を、印象鮮やかに描き出した作品です。問答として読んだ時には、どこからか聞こえてくる歌声はブナの木に宿った魂であることが思われて、その雪の穴は楽しいファンタジーの入口みたいに感じられてきます。また、「まあるくとけて」という表現が「歌」そのものの節回しを思わせる点で成功しています。
(選考委員 深沢眞二先生)
☆ 佳作 水谷あづさ
「本当はあきらめきれぬ夢がまだある」
「引き出しの絵の具のチューブまだやわらかい」
【評】解説など必要としないほどわかり易い内容です。今は家庭の主婦としての日々でしょうが、振り返ってみると若い頃は一途に絵の道に進もうと精進していたのです。「まだ」の一語に気持ちのすべてが委ねられています。子供さんも手を離れたらもう一度好きな道を楽しまれたらいかがですか。
(選考委員 廣瀬直人先生)
☆ アルテア賞 最優秀 加藤龍哉
「砂時計こぼれるようにふりつもる今」
「悲しみに更ける夜露の雫の音色」
【評】砂時計が計る「今」という時間の中に、聞こえない雫の音や見えない雫の色が、読む人の目に浮かんでくるようです。ひとりでいるときの時間を引き受けることが辛い時にも目を背けずにいる「今」が悲しみの器いっぱいにあふれそうに表現されています。 背筋の伸びた姿勢がこの片歌の中の背骨となって、揺らぐことなく時と対峙している視点に強く惹かれました。
(選考委員 もりまりこ先生) |