山梨学院広報室
第九回酒折連歌賞
大賞・文部科学大臣賞 東京都の村上京子さん(43歳)
〜応募数34,652句 最高年齢は97歳、最低年齢は4歳〜

第九回酒折連歌賞実行委員会(川手千興委員長)は1月31日、第九回酒折連歌賞の各賞を発表した。応募数34,652句の中から、大賞・文部科学大臣賞には、東京都の村上京子さん(43歳)の作品が、佳作には、小林未紅さん(35歳・静岡県)、津島綾子さん(16歳・山梨県)、金本かず子さん(57歳・山梨県)が、アルテア賞最優秀には、藤原拓磨さん(14歳・静岡県)が選ばれた。大賞の村上京子さんは、問いの片歌「ぽんと肩たたかれてまた歩きはじめる」に「木には木の風には風の言葉があって」と答えの片歌を詠んだ。廣瀬直人選考委員長は「この答えの片歌、気持ちをとり直して踏み出した時に聞こえてきた音は、たとえそれが木や風のような自然の音でも、人間と同じ感情を持っているように思えるものです。この自然との交流には気持ちを立て直そうとする明るさが表現の底にあって、快い印象を受けました」と讃えた。なお、最高年齢は97歳、最低年齢は4歳。海外からは149句が寄せられた。



大   賞
(問いの片歌 四、ぽんと肩たたかれてまた歩きはじめる)
木には木の風には風の言葉があって     村上京子
【評】人がこの世を生きていくのには大小さまざまの起伏があります。時には明日からどうしょうかと思うような失意の日々を送ることも決して少なくありません。そんな時、身辺の親しい人にぽんと肩を叩かれて、おい頑張れよと声を掛けられるのは何より励ましになります。この答えの片歌、気持ちをとり直して踏み出した時に聞こえてきた音は、たとえそれが木や風のような自然の音でも、人間と同じ感情を持っているように思えるものです。この自然との交流には気持ちを立て直そうとする明るさが表現の底にあって、快い印象を受けました。(選考委員長・廣瀬直人)
佳 作
「問いの片歌 一、はなびらが遠き記憶をよみがえらせる」
草原をゆくマンモスの牙に春風       小林未紅
【評】はなびらは開いたのか散るのか。どちらの設定も可能ですが、ともかくも花が遠い記憶を刺激したわけです。さてどんな記憶だったのか。なんとここでは大きく洪積世にタイムスリップして、春風がマンモスの牙をなでてゆく。この予想外の大飛躍が新鮮でした。もしかしたら、マンモスは百万年前の小林さんだったのかもしれないですね。そんな楽しい想像も感じさせる答です。その大飛躍を、はなびらから春風を導き出すごく自然な展開が支える。このバランス感覚も評価できます。意外な答えが返ってくる。だから酒折連歌の問答は楽しいですね。(選考委員・三枝昂之)
「問いの片歌 三、降るように歌声はして雲雀やいずこ」
澄みきった空に迷子の風船が浮く    金本かず子
【評】ひとつの生命体をあらわしているような雲雀の群れのさえずり。「降るよう」な「歌声」を耳の中で反響させながら、思わず空を仰ぐ。思わず見上げた「澄みきった空」にはぽつんと、「迷子の風船」が浮いている。はじまりは耳。そのしあわせな「歌声」に導かれるにように、空に視線を放った時にたちまち視界がひろがるのびやかさを感じます。雲雀の群れにまじりあうようにして、そこに漂う風船は、一瞬にして解き放たれた時の、風通しのよさに似た感覚を呼び覚ましてくれます。なにかがやわらかくゆるんだ自由を感じる作品です。(選考委員・もりまりこ)

「問いの片歌 二、からっぽの瓶がしずかに風ささやいて」
透明な生物室の夏は深まる       津島綾子
【評】空っぽの瓶だから中身はもうなくなっている。いわば何かが終わったと感じさせる設定です。瓶の中には何が入っていたかを考えるのも楽しいですが、津島さんのプランはそこから始まる生物室の夏。これが見事でした。高校の生物室を思い出すと、いろいろな標本があり、薬品もあり、生命の神秘に広がる素材が満載です。その生物室。もう授業は終了した静かな部屋の中で、標本たちが風のささやきに触発されて、遠い時代の自分を反芻して動き出すようにも感じます。そのドラマの予感が空っぽの瓶と呼応するのです。とても魅力的な問答になりました。 (選考委員・三枝昂之)
アルテア賞最優秀
「問いの片歌 二、からっぽの瓶がしずかに風ささやいて」
運ばれるこの言葉なき思いはどこへ     藤原拓磨
【評】「からっぽの瓶」にみえない風がふきぬけてふと風のささやきを覚える。言葉をあてはめることさえできないこの「思い」は、あの風がどこへと運んでゆくんだろう。掴みきれない風を詠った問いに呼応するように、見えない思いを答えの片歌に託した切実さが伝わってきます。この句に出逢うと、言葉にできなかった思いの欠片が、すこしずつこころのどこかに甦ってくる思いがします。思いと言葉の関係がいつもどこかたどたどしさを伴うことなのだと教えてくれる、まっすぐに胸に問いかけてくる作品です。(選考委員・もりまりこ)
「第九回酒折連歌賞」 総評

問いの片歌 一、はなびらが遠き記憶をよみがえらせる  (三枝昂之)
 原人と新人の中間に位置すると考えられている旧人のネアンデルタール人は、埋葬する死者を花で飾ったといわれています。人は自分のこころを花に託す。そのことを旧人の行為は改めて教えているように感じます。友人や両親、連れ合いの誕生日には花をプレゼントする人も少なくないですね。花は人々の暮らしに密接で、花を通して何かを思い出すことも少なくありません。例えば、桜といったら、私ならば、息子の小学校入学式の校門付近に散っていた桜がまず蘇ってきます。
 今回の私の片歌は、〈さてあなたは、花から自分のどんな時間を思い出しますか〉といった問いでした。多くの答えが寄せられ、魅力的なプランがたくさんありました。
 まず注目したのは、佳作となった小林未紅さんの「草原をゆくマンモスの牙に春風」。なんとマンモスの時代まで飛躍したのですから驚きました。次は入選の砂田明梨さん「校門をくぐって見えた私の居場所」です。花びらに刺激されて、中学の門を入ったときの最初の直感を思い出したのですね。「居場所が見えた」というところに入学の心弾みが生きていますが、実は居場所が見つかるかどうかが、これは大集団の中で暮らす現代人に切実な問題で、小説のテーマとしてもよく取り上げられます。現代のキーワードとしての居場所を生かした点に共感しました。一方、同じ入選の浅川るみかさん「思い出のなかのみんなはいつも十七」は過ぎ去った高校時代の記憶を蘇らしているのですね。肩を寄せ合った笑顔が見えてくるようで、かけがえのない青春の一コマが鮮やかでした。奨励賞の根本若奈さんは「青かったブランコ漕いで近づいた空」は初句でいきなり「青かった」と出した表現の組み立てに新鮮さがあり、山口文子さんは「真っ白な子猫すらりと腕から逃げた」という答え方の個性的なセンスが印象に残りました。
 全体的な印象では、今回は若い人々の健闘が目立ちましたが、大賞は壮年の村上京子さん。世界の受け止め方に壮年ならではの奥行きがありました。若い人と人生のベテランが同じ問いに答ながら競うところに酒折連歌のおもしろさがあります。来年もさまざまに魅力的な答の片歌を寄せてください。
問いの片歌 二、からっぽの瓶がしずかに風ささやいて、(もりまりこ)
 いつのまにか積み重ねてきた瓶の中につまっていた時間が、今はからっぽになったまま、そこにぽつんと佇んでいる。そっとそこにつかのま吹いてくる風が瓶の口をふるわせる時、瓶がたずさえていた時間がまたすすみ始める。今回の片歌は、問いがあって応えがあるという歌の形で対話できる片歌問答になぞらえてつくったものです。1句の問いがそこにぽつんとあるとき、まだその1句のもっている時間は凪のようです。でもそこに応えがうまれることで両句のそれぞれの中にあった波が生まれて時間が進み出す。九回目の今回も伝えたいなにかが、文字のむこうがわにみえてくるいくつもの答えの片歌に出会えることができました。 奨励賞となった「向日葵の名残を映し夏色匂う」は、かつてあったもの、そこで生きていた向日葵と瓶の時間を手繰るように心情を句の中に注いでいるところが、胸にしみました。同じ奨励賞の作品で、十五歳の作者の「風は吹く人の言葉を運び続けて」などは、風を主体に置いたアイデアがとても面白く、アルテア賞最優秀賞受賞作品の「運ばれるこの言葉なき思いはどこへ」と、続けて読むと、そこに物語が連なっているかのような印象を持ちました。生まれたばかりの歌がどこかへと結ばれてゆく瞬間に立ち会えることの喜びは、片歌問答という形でしか体験し得ない醍醐味です。回を重ねる毎に酒折連歌の世界のひろがりを実感しています。また次回も言葉じしんがいきいきとしているような鮮やかな作品に出会えること楽しみにしています。
問いの片歌 三、降るように歌声はして雲雀やいずこ (深沢眞二)
 今回もまた酒折連歌賞にたくさんの応募があり、九年という時間の積み重ねの成果でしょうか、五七七に五七七で答えるというこの問答形式の詩のイベントが浸透してきたことを感じました。中には「常連さん」とでも言うべき方がおられて、「今回はこの人はこんなふうに答えてくれた」と、まさに対話するような気持ちで選考しました。また、若い世代、とくに中学生の応募作品のなかには、言葉に対するあざやかな感性の光る答えがあり、嬉しく思ったことでした。
 今回の「降るように歌声はして雲雀やいずこ」という問いは、言うなれば、「雲雀」からあなたのイメージを引き出してください、というメッセージでした。「・・やいずこ」という訊ね方が文語体で堅く感じられたのでしょうか、他の問いよりも応募数は少なかったのですが、さまざまなイメージが届けられました。多かったのは、美空ひばりさんを連想した作品、万葉集の家持の歌を連想した作品、シェークスピアの一節を連想した作品、といったところです。しかし結果的には、そうした語に即した典拠を離れて「雲雀」への思いを語ってくれた作品が上位に入りました。佳作の「澄みきった空に迷子の風船が浮く」は、雲雀を探し求める視線が「迷子の風船」に引き寄せられたという展開かと思われます。切れ味の鋭い答えでした。入選作の中では、「ただ青き空のみ見えて灰燼の市(まち)」が戦争後の廃墟に降る雲雀の声をレクイエムとして聴いているという発想が、印象深いものでした。また、「幸せは雲の上にと誰かがうたう」は、雲雀が天国の坂本九さんと鳴き交わしているような、悲しみとユーモアをともに具えた作品として心に残りました。
問いの片歌 四、ぽんと肩たたかれてまた歩きはじめる  (廣瀬直人)
 とにかく問いの片歌の意向を汲みとってそれに応じた内容にすること、そしてさらに五七七という十九音のリズムに乗せる、いわばかなりの制約を受けながらの表現はちょっと思いついて簡単にというわけにはいかないというのが正直のところでしょう。それにもかかわらず一首一首に接していきますと思わずはっとさせられるかなりの数の作品に出会うことが出来ました。この企画ももう十年になろうとしているのですからあるいは答え方のこつがわかりかけてきたということもあります。しかしそれだけでは一歩二歩と抜け出る作品にはなりません。何よりも大切なのはできるだけ多く作ってその中から満足出来るものを自分で選んで推敲を重ねていくことでしょう。表現に苦心していると、あるときふと思いがけない発想に出会うこともあります。
 ところで、今年の私の問いは、「ぽんと肩たたかれてまた歩きはじめる」でした。日常生活の中でこうした経験を持った人は多かろうと思いますが、そんな背景の中から生まれた作として、躊躇なく木には木の風には風の言葉があっての作を推しました。具体的には風景の向うから新たな一歩を踏み出している人の姿が見えてきます。

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