平成22年度全日本学生柔道体重別団体優勝大会(男子第12回・女子第2回)が10月30・31の両日、兵庫県尼崎市記念総合体育館で開催された。山梨学院大柔道部は男女ともに初日の2試合を勝ち上がり、男子は3回戦、女子は準決勝戦を向かえた。女子準決勝の対戦相手帝京大は、昨年から勝ったり負けたりを繰り返しているライバル、今大会の勝者は帝京大となった。山学女子は、関東大会優勝・全日本学生柔道優勝大会(インカレ)制覇に続く年間3冠は達成出来なかった。一方男子は、決着が大将戦に持ち込まれた3回戦の福岡大戦で、大将の中村剛教が福岡大の大将鐘井祐真を下し勝利、準々決勝で4強の一角国士舘大と対戦した。序盤戦は3人が引き分ける接戦となったが中盤で3人が1本負け、大将戦に勝利したが1勝3敗で惜敗した。女子はベスト4の3位、男子は昨年と同じベスト8の5位となった。
この大会は、男女ともに1チーム7人制で大学日本一を競う大学対抗団体戦。男子は第12回、女子は昨年から始まり2回目となる。1日目終了後の配列抽選で2日目の女子は、先鋒57s級、次峰70s級、五将78s級、中堅78s超級、三将63s級、副将52s級、大将48s級となった。山学大女子は、5月の関東学生柔道優勝大会で3年ぶり4回目の優勝を飾り、6月の全日本学生柔道優勝大会(インカレ)で2年ぶり3回目の大学日本一を獲得、史上初の年間3冠を胸に大会に乗り込んだ。1日目の1回戦で岡山商科大を7−0、2回戦の仙台大を6−0で下し、2日目の準決勝戦に進出した。
≪女子準決勝 山学大VS帝京大≫
先鋒の加賀谷千保(2年 藤枝順心)は、自分の階級52kg級から1階級上の57kg級で出場、強敵の石川慈に指導2を取られ優勢負けした。次鋒の主将谷口亜弥(4年 桐蔭学園)は引き分け、五将の78s級濱田尚里(2年 鹿児島南)1本負け、中堅の山部佳苗(2年 旭川大高)と三将の連珍玲(1年 錦和)は連続して引き分け、副将の52kg級チャンピオン浅海静香(4年 広陵)は圧倒的に攻め続けて1本勝ち。大将の世界チャンピオン浅見八瑠奈(4年 新田)は48s級学生チャンピオンの近藤香に技あり負け、1勝3敗3引き分けで敗退した。
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先鋒 |
次鋒 |
五将 |
中堅 |
三将 |
副将 |
大将 |
山学大 |
加賀谷 |
谷口 |
濱田 |
山部 |
連 |
浅海 |
浅見 |
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● |
× |
● |
× |
× |
○ |
● |
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優勢 |
引き分け |
一本 |
引き分け |
引き分け |
一本 |
技あり |
帝京大 |
丸山 |
前田 |
鈴木 |
山本 |
池田 |
秋元 |
近藤 |
まさかの準決勝敗退、選手控室に戻った選手は顔を真っ赤にして涙を流した。畳の上に全員が正座した円陣の真ん中で、谷口亜弥主将は畳に顔をつけたまま、しばらく顔を上げることが出来なかった。そして、声を振り絞り「この悔しさをバネにして下さい」と後輩たちに雪辱を託した、山学女子は選手全員が畳に悔し涙を落とした。山部伸敏女子監督は選手に対し「このままでは叉悔しい思いをする。個人個人が自分を振り返り、チーム全体で悔しさを共有するように。3年生以下は1年かけてこの借りを返すように」と話し、取材には「優勝だけを考えていたので、非常に悔しい。気持ちで負けていた、相手の方が試合にかける気迫が上だった」と敗戦を振り返った。
≪男子準々決勝 山学大vs国士舘大≫
山学男子は、1日目の2回戦で早大を4−1で下し、2日目の3回戦では福岡大と対戦した。大将の中村剛教(2年 京都共栄)が福岡大の大将鐘井祐真に優勢勝ち、大将戦に勝利して準々決勝に進出した。相手は4強(明治・東海・天理・国士館)の一角国士舘大との対戦となった。先鋒の小島祐介(4年 土浦日大)と次鋒の清水健登(1年 京都共栄)が引き分け、五将のアドレ・シアマック(2年 アルボルス)1本負け、中堅の柴崎裕亘(3年 福岡舞鶴)引き分け、序盤戦は3人が引き分ける接戦となったが、中盤から流れが悪くなった。笠井宝聖(4年 国士館)と帆高純平(3年 福岡大大濠)が1本負け、中村剛教が再び大将戦で勝利したが、1勝3敗3引き分けで敗退した。
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先鋒 |
次鋒 |
五将 |
中堅 |
三将 |
副将 |
大将 |
山学大 |
小島 |
清水 |
シアマック |
柴崎 |
笠井 |
帆高 |
中村 |
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× |
× |
● |
× |
● |
● |
○ |
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引き分け |
引き分け |
一本 |
引き分け |
一本 |
一本 |
有効 |
国士舘大 |
松木 |
川端 |
百瀬 |
寺島 |
春山 |
住谷 |
鈴木 |
中堅の柴崎裕亘選手は「国士館大戦は実力不足、完全に悔しい。練習が足りない、練習あるのみです」と振り返り、副将の帆高純平選手は「名前負けした上に、精神面もスタミナ面も劣っていた、組み手が上手かった。来年は三枚看板を中心に4強を崩しベスト4になる」と決意を語った。西田孝宏総監督は「男子はもう少し食い下がってほしかった。女子は、浅見で負けたのなら仕方がない。世界選手権後最初の試合で、負けられないという思いから硬さがあった。浅見にとっては乗り越えなければいけない試練の時が来た。男子も女子も気迫が足りなかった」と振り返った。 (M.I)
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