山梨学院パブリシティセンター
甲府城石垣の石切り場か
〜酒折山中腹で江戸時代中期の矢穴石を発見〜
〜山学大考古学研究会が酒折文化遺産調査〜

山梨学院大学考古学研究会の学生グループが、大学がある甲府市酒折周辺の文化遺産調査を行い、酒折山の一つ八人山中腹で、逆台形の5つの矢穴列を持つ矢穴石(やあないし)を発見した。矢穴石は、石工が石ノミで長方形の穴を開けて割った跡を示す石で、歯型のような形状が残るのが特徴。矢穴の幅によって採石年代が推定されることから、この石は江戸時代中期に採石されたものと推定された。柳沢吉保が甲府城石垣の修復を行った時期と重なり、石があった八人山北西中腹標高430m〜450m一帯は、石垣修復などに盛んに活用された江戸時代中期の石切り場跡の 可能性が強まった。この調査は、山学大考古学研究会が学生チャレンジ制度の認定を受けて、大学周辺の歴史的・文化的価値を見直そうと取り組んだ事業。中心となって活動した4人が、4月28日に大学広報スタジオに採石した矢穴石を展示し「酒折連歌の路整備と文化遺産調査」報告として記者会見を行い、一連の調査 結果を発表した。
山梨学院大学考古学研究会(山崎真希部長・顧問十菱駿武教授・15名所属)の「酒折連歌の路整備と文化遺産調査」は、学生の自主的な実践を資金的にバックアップする山梨学院独特の学生支援制度、「平成22年度秋季学生チャレンジ制度」の認定を受けて取り組みが行われた。昨年9月に行われた「不老園塚古墳発掘調査」を皮切りに、11月から今年3月にかけて「酒折連歌の路 文化遺産調査」が実施され、連歌発祥地酒折宮をはじめとする大学周辺文化遺産や酒折山石切り場及び周辺石造物、北原古墳群・横根桜井積石塚古墳群といった謎多き古墳群などについて独自調査を行った。
 
学生を代表して中心的に活動した、部長の山崎真希さん(法学部政治行政学科3年)清水勇希さん(法学部政治行政学科2年)、大柴俊太郎さん(法学部法学科2年)、中川和哉さん(法学部法学科2年)の4人が、記者会見で調査結果を報告した。この報告で、総称酒折山の一つ月見山標高312mの尾根上に存在する「不老園塚古墳]については、7世紀第1四半期に造られた無袖の横穴式石室、甲府盆地北山筋の馬飼集団に属した族長層が眠る古墳と位置付けられた。八 人山北西石切り場で発見された矢穴石は、二つの採石坑の間にあるテラスと呼ばれる平坦な場所で見つかっており、矢穴幅が2寸(約6p)以上あることから、江戸時代中期(寛文〜寛政頃)に、この場所で加工されたものと判断された。また、酒折山周辺の石造物については、江戸中期〜昭和戦前にかけての石造物18点の存在位 置を特定させ、磐座(いわくら)と思われる巨石4点を確認したと報告された。指導に当たった十菱駿武教授は「甲府城築城時の石垣は、城のある一条小山の石切り場と愛宕町の石切り場から採石されたことは確認されていたが、それ以降の修築時の採石地は不明であった。江戸時代中期の石切り場発見は、今回が初めて。酒折の街は、良質な安山岩である山崎石の採石加工拠点として、石材の需要が高 まった明治以降に、石の街として発展するが、そのルーツは少なくとも江戸中期までさかのぼることが確認できた」と話している。調査に当たった学生の一人は「秋から春にかけて何回も酒折山に上り、石切り場の図面を取り、石造物の拓本を取った。関係者からの聞き取りや、難しい歴史書を読むことはとてもいい経験になった。 これからも定期的に酒折連歌の路の整備を行って、地元の方々を始め多くの方々に訪れて頂けたらと思っている」と語った。学生たちは、不老園塚古墳について、今回わかったことを案内板にして、近く現地に設置することにしている。
文(M.T)カメラ(平川大雪)
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