山梨学院パブリシティセンター
世界ユース陸上に日本代表で出場
〜山梨学院高の矢ノ倉弘が2000m障害に派遣〜
〜4日ウクライナに出発、初の海外レースに挑む〜

山梨学院高校男子駅伝部の矢ノ倉弘選手が世界ユース陸上日本予選で日本一を獲得し、7月10日からウクライナのドネツクで開催される「第8回世界ユース陸上競技選手権」に日本代表として出場する。4月20日に行われた世界ユース代表選考レースの兵庫リレーカーニバル2000m障害で5分46秒36の県高校新記録をマークして優勝し出場権を獲得、7月4日にウクライナに向けて出発した。矢ノ倉は、大月市の出身、大月東中3年の時に箱崎孝久山梨学院高監督に「山梨学院でやってみないか」と声をかけられ「寮生活をしてみたい」と入部した。入部してすぐに「とんでもない所に来てしまった」と思ったという。一緒に入部した同級生は、上田誠仁大学監督の次男上田健太や西山令、市谷龍 太郎、南嘉弘など中学時代に"全中"で活躍した強者ばかり、最初は最後尾でついて行くのがやっとだった。まったくの無名のランナーからわずか3年で日本代表として国際大会に出場するトップアスリートに急成長した。


3000m障害は、長い距離を走る上に、約80mおきに跳躍しなければならないため、ある程度のスピードを維持しないと障害を越えることができない。またハードルと違い、脚を掛けても障害は倒れないため転倒事故も起こりうる非常に過酷なレース。さらにジャンプ時の着地や水濠を通過する時に相当な体力を奪われることになり、ペース配分を考えないと好記録はおろか完走すら出来なくなる競技。矢ノ倉が、その過酷な競技を始めた動機が振るっている。「高校総体に出たい、だけど、1500mや5000mは同級生が強くて、総体に出るにはこれしかないから」というのが選択した理由だった。しかし、取り組んで見たら誰よりも早く走れる。1年の県総体で南嘉弘に次いで2位に入り、南関東大会に初出場した。南関東では水濠を降りた時に後続の選手に押し出されトラックの内側に足が入り失格となったが、着順では7位だったことが「練習すればもっと強くなれる」と自信を得た。2年の県総体で初優勝し、新潟インターハイで県高校記録を樹立、南関東大会では失格のリベンジを果たす初優勝。3年の県総体では独走優勝で自身の県高校記録を更新(9分02秒66)。世界ユースの出場権が 与えられる兵庫リレーカーニバル2000m障害で優勝を獲得。南関東は断トツの速さで2連覇達成、2年連続のインターハイ出場を決めた。自身でも何故早く走れるのか分からないというが、眠っていた才能が一気に開花した。走るたびに早くなっている。6月の南関東は独走で2連覇したが「8分台を狙っていたので、タイム的には納得できない、インターハイはラスト勝負になると思うので、もっと力をつけたい」と貪欲だ。箱崎孝久高校監督は「海外を経験して視野を広げ、インターハイにつなげてほしい」と国際大会での活躍と飛躍を期待している。

新聞社のインタビュー取材に対し矢ノ倉弘選手は「初めての海外での大会なので、他の国の人たちの走りをしっかり見て、自分の走りがどこまで通用するのか試したい。自分がどのくらいの位置にいるのか見えていないが、目標としては8位入賞を目標にしたい。3000mと比べると速いペースで入って行くと思うので、リズムよく飛べるようにしたい。中学の時はタイトルとは無縁でした。障害走を始めたのは、高校総体に出れるのは3000m障害しかなかったからで、走って見たら予想以上に楽しくて、タイムもいい感じで走れたので、2年・3年と続けています。世界ユースは早いペースのレースになると思うので、他の国の選手にしっかりついて行き、その経験をインターハイに活かしたい。インターハイは去年負けた(9 位)ので、海外で得る経験を活かして、表彰台の一番高い所に上りたい」と2つのビッグ大会に臨む心境を語った。自分の力を高めることにひた向きに精進している好青年は、世界ユースをステップにして、インターハイでジャンプ、飛躍する決意を胸にウクライナに出発した。

文(M.T) カメラ(平川大雪)
南関東大会アルバム

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