●山梨学院学術報告会2019
~調査・研究活動成果について4報告公開する~
~自分の立場でどう地域に活かしていけるか!~
教員が取り組む調査・研究活動成果について公開する山梨学院学術報告会2019(主催 山梨学院生涯学習センター)が2月13日、山梨学院50周年記念館で行われた。第1報告は長倉富貴経営学部経営学科教授で論題「スポーツボランティアの動向」、第2報告は名取貴光健康栄養学部管理栄養学科准教授で論題「神経再生の分子メカニズム解明を目指して」、第3報告は三本木温スポーツ科学部スポーツ科学科教授で論題「甲府市民の歩行状況」、第4報告は遠藤清香短期大学保育科教授、倉澤一孝経営学部経営学科准教授、石川勝彦学習・教育開発センター特任准教授の共同報告で「産前産後ケアセンターの利用動向」の報告が行われた。その都度、質疑応答が行われ参加者は持論を織り混ぜて熱心に質疑していた。報告会に参加した南アルプス市議会議員の飯野久さんは「4報告を自分の立場でどう地域に活かしていけるか、興味深く頭の中で組み立てながら拝聴した。とても有意義な時間を過ごした」と会場を後にした。
【学術報告会】
司会進行の丸山 正次法学部政治行政学科教授/副学長/法学部長は「この学術報告会は、山梨学院に勤務する教員が研究者として取り組んでいる学術研究の成果について、学内外の方々に広く知っていただく機会として、2013年度以降、毎年行っている。今回は4組6人が報告することとなった」と開催趣旨をアナウンス。第1報告者は長倉富貴経営学部経営学科教授で論題「スポーツボランティアの動向~全国調査と地方調査から見える今後の方向性~」を報告。第2報告者は名取貴光健康栄養学部管理栄養学科准教授で論題「神経再生の分子メカニズム解明を目指して~UCSDでの研究留学で実感したこと~」を報告。 第3報告者は三本木温スポーツ科学部スポーツ科学科教授で論題「甲府市民の歩行状況~甲府市健康ポイント事業の結果より~」、第4報告者は遠藤清香短期大学保育科教授、倉澤一孝経営学部経営学科准教授、石川勝彦学習・教育開発センター特任准教授で「産前産後ケアセンターの利用動向~規定要因の統計学的分析~」の報告が行われた。その都度、質疑応答が行われ参加者は持論を織り混ぜて熱心に質疑していた。
【報告後インタビュー】
▶︎論題「神経再生の分子メカニズム解明を目指して~UCSDでの研究留学で実感したこと~」を報告した、名取貴光健康栄養学部管理栄養学科准教授は「これまでアルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性によって起こる病気の基礎的なメカニズムを探り、その疾患の予防や治療方法の開発を目指してきた」という。しかし、「マウスやラットなどの個体を扱う基礎研究ではお金と時間がかかるという問題点があり、別の研究対象・ツールを探していた。そんな中で、生命の基本原理の解明に役立つ優れたモデル生物『線虫』に出会った」という。「このわずか約1mmの細長い多細胞生物は、透明で細胞一つ一つを識別することが可能であり、また遺伝学を駆使することで必要とする性質や変異を導入することができる、正に生体内の様々な現象を調べるのにうってつけの生物」と目を輝かせた。そこで、「線虫研究ができるところはどこか調べると、アメリカ合衆国のカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)に、私の研究テーマ『神経再生の分子メカニズム解明』と一致する研究を行っている先生たちがおられることが分かり研究留学をした」という。いざUCSDに行ってみると「線虫研究の世界的プロフェッショナル達が集まっていた。実験に必要な機器は完備され、さらに、あらゆる線虫の変異体、遺伝子ライブラリーが保管されていた。しかも、実験に必要な試薬・材料は学部生が準備してくれるという嬉しい環境であった、試薬販売・分析を扱うメーカーも近隣にあり、試薬の注文や分析の依頼を行ったところその日のうちに届いた」と目を丸くして語る。「少子高齢化においては、健康で長生きすることが大事で、認知症の予防もそこに通じている。では、神経機能を回復させるにはどうしたらよいのか? 対処療法のみで特効薬もなく、外科手術では無理、iPS細胞治療も未完、『これだ』というものがありません」と説く。「私の日本での研究で『ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)を阻害すると神経細胞の突起の伸長が促進される』というところまではわかった。しかし、複数あるどのHDACが直接神経突起の伸長に関係するのか、詳細は不明であった」と深く頷く。「そこでUCSDでの研究では『神経突起の伸長に深く関与するHDACがどれにあたるのか』を研究のターゲットとし実験を進めた」という。その結果、「HDACの一つであるhda-3とhda-6が神経突起の伸長を抑制していること、またhda-3は神経突起の分岐を制御する分子の調節に関与していることがわかった。さらに、損傷を受けた神経細胞ではヒストンのアセチル化が増える傾向がみとめられ、しかも、若い線虫と加齢した線虫では軸索伸長のメカニズムが異なることもわかった」と研究成果をあげる。「今回は数多くある中から軸索伸長をコントロールしているであろう2種類のHDAC(hda-3とhda-6)が特定でき、それぞれは別々の役割とコントロール機能を持っていることが分かった。HDACの機能を調節する有効な方法が見つかれば神経変性によって起こる病気になってしまった時、神経突起を伸ばして神経回路を再生させることができる。例えば動かなくなった手足が再動したり記憶・学習能力を蘇らせたりできるかもしれない」と力説。次の研究目標として「食品の中に含まれるポリフェノール類がいろんな遺伝子を制御することは分かっているので、今回わかった鍵分子HDACの制御を可能とする成分を見出し、神経変性疾患を未然に防ぐ予防法を開発したい」と研究への情熱は尽きない。
▶︎「スポーツボランティアの動向~全国調査と地方調査から見える今後の方向性~」を報告した、長倉富貴経営学部経営学科教授は「ミキハウス社員時代に国際スポーツボランティアを経験した感動がこの研究のベースとなっている」と話す。「東京2020オリンピック・パラリンピック大会のボランティア募集8万人に対して20万人の応募が殺到したことは大会組織委員会から発表されていたが、共同研究者として関わった笹川スポーツ財団の調べでは応募者は必ずしもスポーツが好きである人だけではなく8割以上が、『日本で開催されるから』『地域に貢献したい』などの他の理由で応募しており、スポーツイベントに対する国民の関心の高さが示されていた」という。一方「2020の大会ボランティアと都市ボランティアに応募しなかった人の理由を調べると、スケジュール調整、参加条件、応募時期の問題、活動への不安などが挙げられ、応募に興味を持ちながら応募に至らなかった応募予備軍が数多くいる」ことが明らかになった。また「『成人のスポーツボランティア活動の経緯』では、自ら応募・立候補して自主的に行った18.2%、地域のグループから頼まれて行った30.2%。職場や学校のグループから頼まれて行った20.7%、スポーツ関係の団体や連盟から頼まれて行った12.5%、友人や知人から頼まれて行った17.2%、その他1.2%となった。まだ約8割は頼まれて行なっている」と現況を可視化した。他方、長倉教授が実施した山梨県自治体調査では「自治体のスポーツ大会等でスポーツボランティア活用のニーズと関心は高いが、人員の確保や直前キャンセル、期待通りの補助が得られないのではという不安を持つ自治体が多い」ことが明らかになったという。「そこで、スポーツボランティアとスポーツ団体・自治体をつなぐハブ的な組織が地域ベースで必要」と説明する。「山梨モデルとして山梨県社協(山梨県NPO/ボランティアセンター)がある。山梨県社協は日本スポーツボランティアネットワーク(JSVN)の正会員で県内スポーツボランティア事業を主催し、研修・活動の場の確保、受け入れ団体との調整、当日のボランティア活動のサポートまでしている」と明かす。今後は「ボランティアをする側の団体や個人、とボランティアを受け入れる側の市町村、スポーツ組織との間に調整役、ハブが必要であり、全国レベルでは笹川スポーツ財団や日本スポーツボランティアネットワークが日本スポーツ協会と協調連携して、プログラム設計者の研修、また、ボランティアを受け入れる実施や受け入れ側に対する研修が活性化していく」と唱える。「山梨県社協が脊髄性筋萎縮症を患い重度障害を持つ障害者等に対し、障害者スポーツボランティアの育成、組織との連携、当日の運営補助に当たった。『支えられる』から『支える』障害者へと変身させた」と頷く。長倉教授は昨年「障害者スポーツボランティアを新たなメディアとすることで、新たな投資を呼び込み、『支える』スポーツの新たなる価値を創造し、新しいスポーツ価値を生み出す可能性もある」と提案し日本スポーツ産業学会の学会会長賞を受賞している。「スポーツ文化は『支える』指導者、大会運営スタッフ、スポーツボランティアの人が増えなければ『する』『みる』も頭打ちになる。『する』『みる』から『支える』へだけでなく、『支える』から『する』、『支える』から『みる』という新しいスポーツ参加のきっかけが作れるのがスポーツボランティアだ」と力説。「今後、山梨モデルの発展型でどう全国展開できるか、また自治体のスポーツイベントを住民がスポーツボランティアで関われるような体制・環境作りについて、研究して提案していきたい」と笑顔で述べた。
▶︎論題「甲府市民の歩行状況~甲府市健康ポイント事業の結果より~」を報告した、三本木温スポーツ科学部スポーツ科学科教授は「甲府市との包括的連携協定に基づき、『甲府市健康ポイント事業』に学生も参画していることが、今回の報告の動機となっている」と明かす。「わが国では運動不足による死亡率は約5万人にのぼリ、喫煙、高血圧、運動不足と3番目に多い」と度肝を抜く。その死因の多くは循環器疾患、そして悪性新生物、糖尿病となっている」と軽視できない。「有酸素運動効果の具体例は、1日の歩数が4,000歩でうつ病、5,000歩で心疾患・脳卒中・認知症・要支援・要介護状態、7,000歩で骨粗しょう症・骨折・動脈硬化・がん、8,000歩で75歳以上のメタボ・高血圧症・糖尿病・脂質異常症、10,000歩で75歳以下のメタボ、12,000歩で肥満の予防効果があるという中之条研究の結果が出ている」と歩くことの重要性を説く。「甲府市は糖尿病による死亡者が多い。がんの死亡者の内訳は気管・気管支・肺、結腸、胃の順で多い。また健康診断における糖尿病予備軍の恐れがあるHbA1cの有所見者が多いなど」と指摘する。「『甲府市健康ポイント事業』の目的は、甲府市民を対象に、健康増進インセンティブとなる健康ポイントの仕組みを取り入れた健康づくりを実施し、運動無関心層を取り組み、1日8,000歩以上の歩数の維持、肥満や筋肉量の改善などにより、健康寿命の延伸を図るとともに、ひいては医療費の抑制を図る」というもの。「2018年の5月から2020年2月までの期間で、19歳以上の甲府市民500名を想定して、活動量計あるいはスマホアプリを用いた歩数および消費カロリー計測で、定期的にデータを送信し、ポータルサイトを用いて取り組み」見える化を図った。また「身体組成の、体重・体脂肪率・筋肉量・肥満や低体重の判定に用いるBMIの測定を行い」改善が見られるか可視化した。また「貯まった『健康ポイント』や半期ごとに歩数イベントを実施しイベント参加者に『健康ポイント』を付与して、プリペイドカードに交換し、成績上位者は健康セミナーにおいて表彰した」と成果と努力に報いた。「健康セミナーでは『食生活』などをテーマとした講演を開催」するなど他の健康管理もあわせて啓蒙。「小括として、①歩数について国の目標値と比較すると、男女ともに65歳未満のグループで歩数が少なかった。男女ともに65歳以上のグループで各年代の目標歩数を上回った。特に男性は目標値をフルシーズンで大きく上回っていた。②男女とも65歳以上のグループにおいて、歩数が多いほど体脂肪率が低くなる傾向が認められた。③イベント期の6月、11月、12月で歩数が増加する傾向が認められたことから、イベントの有効性が確認された。④女性65未満のグループにおいて体脂肪率が過多な傾向にあるが、日常の歩数増加だけで過剰な体脂肪率を改善するのは難しいと思われる。⑤65歳未満の『現役世代』において歩数が基準以下に留まる割合が多い。このことを自分自身で認識はしているものの、改善のための行動に移すことはできておらず、そのこと自体がストレス要因になっている可能性がある」と公表した。「今後の課題として、『現役世代』の健康課題の解決に一層注力する。また、スポーツや身体活動に親しみやすい職場環境や公共施設の整備や思わず歩いてしまう街をつくる。大都市では公共交通機関利用者が多く歩数が多い、バスなどの公共交通機関の利用促進もあげられる」と歩くことの必要性を示し街ぐるみの取り組みを熱く促した。
▶︎「産前産後ケアセンターの利用動向~規定要因の統計学的分析~」を共同報告した、遠藤清香短期大学保育科教授、倉澤一孝経営学部経営学科准教授、石川勝彦学習・教育開発センター特任准教授は「遠藤教授が産前産後ケアセンターの方から雑談で、臨床心理医師会があつて、そこで『お母様方が困っているのに、ケアセンターの利用率が低い』という話を聞きつけたことが、私(倉澤)のナッジ(nudge)「選択構造」を利用した行動経済学にもとづく戦略で解決できるのではないかと結びついたのが動機」と述べた。「産後うつにかかった人のうち、症状が1年続く割合は4人に1人で、3か月から6か月で症状は改善する。産後うつにかかっても専門的なケアを受けようとしない割合は49%にのぼる。妊娠期にうつになった人のうち自殺を考えた割合は38%と言われている」と頷く。「産前産後うつが子どもに与える影響について、妊娠中では、不適切な産前ケア、栄養不足、早産、低体重出産、出産前子癇、自然流産。乳児期では、怒りやすい、消極性、禁欲的、感情的、認知機能の低下。幼児期では、不服従、表情が乏しい、相互作用が乏しい、遊びが貧困。学童期では、適応的でない、情動障害、不安、行動障害、注意欠陥性障害。思春期では情動障害、不安、恐怖症、パニック障害、行為障害、嗜癖、注意欠陥性障害、学習障害(LD)があると言われている」と説く。「母子に対して、母親の身体的回復と心理的な安定を促進するとともに、母親自身がセルフケア能力を育み母子とその家族が、健やかな育児ができるよう支援することを目的とする子育て世代包括支援センターがある。また、医療的ケアを必要としないが予防的ケアが必要な方を対象とする産前産後ケアセンターがあるが、なかなか利用しないという現実がある」と明かす。「平成29年度のセンターの利用者は188名。産後うつの罹患率が10%で潜在的に利用は約600人が想定される」という。「施設当該者は、施設の存在を知らないのではないか。周知不足、宣伝不足と捉えていたが、今回、こうした施設の存在を知らないで利用者が低調なのか実態調査を実施したら、意外な結果が出た」と身を乗り出す。「私たち3人で、女子大生を対象に育児場面での援助請求について調査したが、他人には援助を求めるように助言するが、自分は助言を求めないという結果が出た」と大きく頷く。他方「施設の存在は知っているが、私は大丈夫と利用しない人が多いことが分かった」という。「利用すべき人が利用できていないなら、それはなぜか、調査結果では自分は利用対象者とは思わない。自分が利用対象と気づかない。利用しなくても大丈夫。必要なのに必要がないと独自に判断している」ことが判明した。「援助が必要な人にサービスを届けるためには、『助けて』と言えない母親を変えようとするよりも周囲との関係を整える方が援助要請を促進しやすいというところに着地した」と笑顔。「本人への呼びかけは、人間の心理的特性によって生じる選択エラーを回避するため、選択の自由を維持しながら意思決定を誘導する方法をとる。また、家族宛に産前産後ケアセンターのお知らせを届けることで利用率を上げる可能性があると結論付けた」と大きく頷き、「来年度、実証実験を行う予定」と自信をのぞかせた。
【参加者インタビュー】
▶︎南アルプス市議会議員の飯野久さんは「第1報告のスポーツボランティアは、私の市では体育協会が南アルプス桃源郷マラソン大会を運営している。自宅が飯野なので、その前身となった南アルプス山麓白根桃源郷マラソン大会が行われていたので、なおさら大変興味深く話をお伺いした」と述べる。「第2報告の線虫研究の成果でアルツハイマー病などで壊れた神経回路を再生させる治療や予防法を早く開発してもらいたい。これが確立されたらノーベル賞もの」と声が弾む。「第3報告の運動不足による死亡が3番目には驚いた。私も歩いているが有酸素運動効果で健康増進につながることを再認識した」と頷く。「最後の報告は、案内ビラの呼びかけ方によって産前産後ケアセンターの利用率が上がると説いていたので、来年の報告を聞きたい」と興味を抱いた。「この4報告を自分の立場でどう地域に活かしていけるか、興味深く頭の中で組み立てながら拝聴した。とても有意義な時間を過ごした」と会場を後にした。
文(H.K) 、カメラ(平川大雪) 2020.2.15