●第二十三回酒折連歌賞入賞百選発表
~一般部門:大賞・文部科学大臣賞に藤井麻里さん~
~アルテア:大賞・文部科学大臣賞に薬袋真紘さん~
山梨学院大学・酒折連歌賞実行委員会は第二十三回酒折連歌賞の入賞百選を2月1日に発表した。今回は国内外から38,924句の応募があり、選考の結果、全応募作品を対象とした一般部門大賞・文部科学大臣賞には神奈川県の藤井麻里さんの作品が選ばれた。藤井さんは「おむすびは三角形に俵の形」の問いに「円卓はアクリル板で六等分」に答えた。また、小中高校生の作品を対象としたアルテア部門大賞・文部科学大臣賞には山梨学院高校2年の薬袋真紘さんの作品が選ばれた。薬袋さんは「オリオン座あなたと話すゆめのことなど」の問いに「砂時計こぼれぬようにシャッターを切る」と答えた。このほか、一般部門の山梨県知事賞には青森県の斉藤隆さん、山梨県教育委員会教育長賞には岡山県の小橋辰矢さん、甲府市長賞には兵庫県・白陵中学校1年の浅田悠斗さんの作品が選ばれた。表彰式は2月中旬に予定されていたが新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、2年連続で中止となった。
酒折連歌賞は、山梨学院大学と酒折連歌賞実行委員会が、山学大がある甲府市酒折にある“酒折宮”が連歌発祥の地にあることから、連歌への関心と創作意欲を多くの人に持ってもらおうと1998年に創設。酒折連歌は「古事記」に登場する倭建命(ヤマトタケル)と御火焚の老人との問答を踏まえ、五・七・七の「問いの片歌」に対し、「答えの片歌」を五・七・七で返す問答形式となっている。俳句や短歌などと違い、作歌上の約束事は五・七・七で返すことのみ。作者の自由な感性で答えの片歌を創作できるため、老若男女を問わず詠むことができる歌遊び。今回は国内外から38,924句の応募があり、3歳から95歳が作品を寄せ、上位5作品には以下の作品が選ばれた。
■一般部門
大賞・文部科学大臣賞 藤井麻里さん(神奈川県)
【問いの片歌】おむすびは三角形に俵の形
【答えの片歌】円卓はアクリル板で六等分
選評(宇多喜代子先生)
答えの片歌には、おむすびの形は三角ばかりではないよというものが多く、たしかにそうだと思いました。中には、俵の形の「俵」って何ですか、というものもありました。どんな形のおむすびにしろ、幾人かで食べるときにはアクリル板を用いて、しかも黙食というのが当節の食事事情です。やがてコロナ禍が去り、もとの日常に戻った時、この答えの片歌は「こんなことあったよね」という歴史の証人の役を担ってくれるでしょう。コロナ禍の最中でなければ出来ない片歌でした。
受賞した藤井さんは答えの片歌を創作背景として「『おむすびは三角形に俵の形』という問いを拝見した時、まず様々な食の風景に思いを馳せました。コロナ禍の今は、レストランでも感染防止対策のアクリルパーテーションでテーブルを仕切るのが当たり前のようになっています。そこから華やかな宴席の「今」が気になり、検索をすると披露宴会場の円卓にもアクリル板が設置されている光景が沢山出てきたので、これを詠もうと思いました」と回顧した。
山梨県知事賞 斉藤隆さん(青森県)
【問いの片歌】いつからかひとりでいつも考えること
【答えの片歌】風さそふまではできてる辞世の歌は
選評(井上康明先生)
問いの片歌はひとりで考えることは何だろうと尋ね、答えは自らの最期について考えていると語ります。「風さそふ」といって思い出すのは、忠臣蔵の浅野内匠頭が辞世の歌として詠んだとされる「風さそふ花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとやせむ」。春の名残をどうしようかと、切腹する内匠頭のこの世に残した無念を思わせます。答えの片歌は、辞世の歌は「風さそふ」までは出来てはいるもののまだこの世に思い残すことがあることよと、語っているかのようです。或いは、辞世の歌は「風さそふ」までできているのだから、いつ最期を迎えても良いと語っているともとれます。「風さそふ」という文語と「できてる」という口語の俗な現実感との混ざり合いに人臭い味わいがあります。自らの死を辞世のうたの一節とともに雅を思わせながら詠って、孤独なもの思いを長い時間のなかの今に連続させる答えの片歌です。
受賞した斉藤さんは作歌の過程について「連歌の問いは「いつからかひとりでいつも考えること」ですが、日常を通して短歌を作っていると、一度は心に残る満足できる歌を作りたいと日々考えるようになりました。そこで思い浮かべたのが大げさにいうと辞世の歌です。浅野内匠頭の辞世の歌「風さそふ花よりもなおわれもまた春のなごりをいかむとやせむ」が頭に浮かびました。恰好いいなあ、自分も作れたらいいなあと思いましたが、叶うべくもなく、それでも作歌活動に励んでいます。連歌への片歌「風さそふまではできてる辞世の歌は」はなかなかいい歌は作れないが、これからもずっと歌を作っていこうという私の決心・思いを歌ったものです」と思いを語った。
山梨県教育委員会教育長賞 小橋辰矢さん(岡山県)
【問いの片歌】信長か秀吉がいや家康だ
【答えの片歌】三者とも鬼が島までお供をいたせ
選評(三枝昂之先生)
問いの片歌を投げかける作者はさまざまな答を想定します。まず浮かぶのは信長、秀吉、家康、三人のうちの誰かを選ぶ答えの片歌。次に浮かぶのは自分が好きな三人以外の誰か。山梨県でいえばご当地の英雄武田信玄が多いのではと想像しました。しかしこの答はそうした想定を超えたプランでした。あの戦国時代の英雄も桃太郎にかかれば犬や猿やキジと同じ。しかも命令形の「お供をいたせ」に威厳があって、さすがの三人も従わざるを得ない。見事な物語に仕立てたセンスに脱帽です。
受賞した感想について小橋さんは「つらい日々が続く中で、希望の火がともったような感じがした」と喜びを語り、応募の動機について「ユニークな作品を多く目にして、自分も作りたいという気になった」と述べた。
甲府市長賞 浅田悠斗さん(兵庫県・白陵中学校1年)
【問いの片歌】もうここでひらきなおってみるほかないね
【答えの片歌】負けましたそれがどうした負けるが勝ちだ
選評(今野寿美先生)
囲碁将棋の対局で、勝負がたちゆかないと悟ると、みずから「負けました」と告げて終わりますね。投了ということばもおもしろいですが、その端然と静かな雰囲気はいかにも頭脳勝負の風格です。ところがそこに突っ込みを入れて「それがどうした」。さらにたたみかけて「負けるが勝ちだ」。この語りの勢いが強気の姿勢そのままで、答えの片歌を引き立てています。争うよりもあえて…などと諭すときにもちだされることわざは教訓めいて鼻についても、この機転は棋士顔負けでしょう。それが中学一年生のものと知って感嘆するばかりでした。
受賞した浅田さんは「五つある片歌の中で一番初めに思いついて、一番、自分の中で良い句だと思った答えの片歌がこの句でした。初めに思いついたものを何度も読み返し、言葉を確かめました。ですが初めに思いついたときと全くかわらないです。このコロナが流行している時にくじけてしまうとコロナにかかってしまうので強い心を持ってはねかえしたいと思います」と作家の過程を明かし、今後について「この歌にはねばり強さが大切だという意味をこめました。負けても勝ったと思える強い心を持って、ねばり強く生きていければと思います」と決意を述べた。
■アルテア部門
大賞・文部科学大臣賞 薬袋真紘さん(山梨学院高校2年)
【問いの片歌】オリオン座あなたと話すゆめのことなど
【答えの片歌】砂時計こぼれぬようにシャッターを切る
選評(もりまりこ先生)
オリオン座を見上げる空の下。仰いでいるはずの視線がたちまち俯瞰するように上昇する映像を思い浮かべました。砂時計の砂がこぼれてゆくささやかな時間までをも止めてしまいたいような切羽詰まった想いが、込められています。ゆめのことは語られていないのに、こぼれぬようにという七文字に夢の輪郭を感じます。アルテア賞にふさわしい、今しかない時間を真空パックするかのような瞬間の声が聞こえてくるようです。今年もみなさまの作品と出会えることを楽しみにしています。
受賞の喜びについて薬袋さんは「最初に受賞を知ったときは、正直信じられず、とても驚きました。ただ、この酒折連歌は、小学生のころから、毎年毎年一生懸命、取り組み、酒折を象徴する文化としてとてもなじみ深いものであるので、今回数多くの作品から私の作品を選んでいただき、本当に光栄ですし、嬉しく思っております。また、私自身よりも、家族や、学校の友達が受賞を自分のことのように喜んでいる様子を見て、やっと受賞を少し実感することができ、ありがたい気持ちと嬉しい気持ちでいっぱいです」と語り、「問いの片歌にある「オリオン座」から友達と帰る冬の道を連想しました。冬の空はとても澄んでいて、ちょうど下校途中に、月が見えたり、もっと遅い時間になると、僅かですが、星を見つけることができます。学校から出るとなんとなく空を見上げ、「今日はもうまっ暗だね。」とか「今日は満月だね。」とかそういうたわいもない会話を友達とかわすことが私の習慣であり、大切なかけがえのない時間であると思っています。このような情景や想いを答えの片歌に込めました」と作歌の情景を明かした。
このほか百選や総評などは酒折連歌賞ホームページで公開されている。
上位入賞者が出席して行われる表彰式は例年2月中旬に行われているが、今年も昨年に引き続き、新型コロナウイルス感染症が全国的にも拡大傾向にあることから、感染拡大予防のため中止となった。
文(Y.Y)、顔写真:各受賞者提供 2022.2.1