●第二十四回酒折連歌賞入賞百選発表
~一般部門:大賞・文部科学大臣賞に古賀由美子さん~
~アルテア:大賞・文部科学大臣賞に小田愛瑠さん~
山梨学院大学・酒折連歌賞実行委員会は第二十四回酒折連歌賞の入賞百選を2月1日に発表した。今回は国内外から32,877句の応募があり、選考の結果、全応募作品を対象とした一般部門大賞・文部科学大臣賞には佐賀県の古賀由美子さんの作品が選ばれた。古賀さんは「丸刈りの正岡子規も野球青年」の問いに「マウンドに立てば世界の真ん中になる」と答えた。また、小中高校生の作品を対象としたアルテア部門大賞・文部科学大臣賞には兵庫県立姫路南高校2年の小田愛瑠さんの作品が選ばれた。小田さんは「物語あなたのページひらいてみれば」の問いに「ゼウスよりたった一言「おまえしだいだ」」と答えた。このほか、一般部門の山梨県知事賞には香川県の中山喜博さん、山梨県教育委員会教育長賞には広島県・広島学院中学校2年の藤森大智さん、甲府市長賞には千葉県の滝沢ゆき子さんの作品が選ばれた。表彰式は2月中旬に予定されていたが新型コロナウイルスの感染拡大防止のため中止となった。
酒折連歌賞は、山梨学院大学と酒折連歌賞実行委員会が、山学大がある甲府市酒折にある“酒折宮”が連歌発祥の地にあることから、連歌への関心と創作意欲を多くの人に持ってもらおうと1998年に創設。酒折連歌は「古事記」に登場する倭建命(ヤマトタケル)と御火焚の老人との問答を踏まえ、五・七・七の「問いの片歌」に対し、「答えの片歌」を五・七・七で返す問答形式となっている。俳句や短歌などと違い、作歌上の約束事は五・七・七で返すことのみ。作者の自由な感性で答えの片歌を創作できるため、老若男女を問わず詠むことができる歌遊び。今回は国内外から32,877句の応募があり、4歳から96歳が作品を寄せ、上位5作品には以下の作品が選ばれた。
■一般部門
大賞・文部科学大臣賞 古賀由美子さん(佐賀県)
【問いの片歌】丸刈りの正岡子規も野球青年
【答えの片歌】マウンドに立てば世界の真ん中になる
選評(宇多喜代子先生)
ピッチャーのみならず、野球チームの一員としてマウンドに立てばおのずと自らの役割を自覚する。その高ぶった気持ちを「世界の真ん中」と表現したのが、問い三に対する答え。その気宇壮大なところが爽快であり、若々しい気分のあふれた答えとなった。明治という近代日本の夜明けにかけ出していった正岡子規は痩身のため野球を十分にたのしむことなく早逝したが、その短い生涯のうちに後世に残る文芸革新をなしたことをピッチャーと同じように「世界の真ん中」でいい表している。スケールの大きい答えの片歌である。
受賞した古賀さんは答えの片歌を創作背景として「カリエスで苦しい闘病生活を続けたけれど、彼は決して人生をあきらめず常に挑戦的だったと思います。しかし、まだ、病に侵される以前、彼もまた希望に満ちあふれた青年でした。野球が大好きだった彼をマウンドに立たせたい。そこに立てば世界が見える。自分は世界の中心にいるんだ。世界をわがものにできるんだという大きな野望を抱かせたかったのです」と回顧した。
山梨県知事賞 中山喜博さん(香川県)
【問いの片歌】もちろん、と勢いづいてその先がない
【答えの片歌】先よりももう後がない大国ロシア
選評(今野寿美先生)
「先がない」とはそこにつづくものが出てこないこと。「後がない」とはこれ以上退けばすべてがダメになること。ごく近い意味ですが、当初の目論見がはずれて苦戦しつつも強気の姿勢を崩さないロシアは、つまり退くに退けない状況なのだと揶揄しているのですね。それにはぴったりの言い回しになっています。ロシアの実態は世界中が分析、注視して、おおかたこの見方に集約されるのかもしれませんが、中山さんはそれを日本語のわずか十九音で言い切ったことになります。それを通して戦争の非を衝いた鋭さが小気味よい傑作でした。
受賞した中山さんは作歌を通じ「ロシアによるウクライナ侵攻に驚きました。直ぐに、終結するだろうと思っていると、他国の支援を受けて、ウクライナの善戦。善戦どころか反転攻勢。攻守逆転の様相に、ロシアの慌て振りが、思い浮かびました。ウクライナの応援というよりも、戦争の終結。ウクライナにも、ロシアにも、早く平和が訪れることを願って創作しました」と思いを語った。
山梨県教育委員会教育長賞 藤森大智さん(広島県・広島学院中学校2年)
【問いの片歌】物語あなたのページひらいてみれば
【答えの片歌】何度でも改行できることに気付いた
選評(井上康明先生)
問いは、この世のあまたの物語、あなたのページにはどんな物語が始まっていますかと尋ねます。それに対して答えは、何度でも改行できることに気付いたと語ります。「改行」とは、小さな転換を自らもたらすこと、日々の生活の思うようにならないことも、小さな変換を自らもたらし、それを何回も繰り返しながら進んでいけば良いのだ、と語ります。さりげなく新しい変化を心がけ、進もうとする、日々繰り返される日常を大切にする姿が見えてきます。
今回の受賞を受け藤森さんは「今まで、感想文などの文学作品を創作することに苦手意識があったが、今回の受賞を機に積極的にチャレンジしていきたいです」と述べた。
甲府市長賞 滝沢ゆき子さん(千葉県)
【問いの片歌】向き合えばあれが欲しいね二人のディナー
【答えの片歌】向日葵の迷路で僕を見つけた笑顔
選評(三枝昂之先生)
問いの片歌を投げかける作者はさまざまな答を想定します。向き合ってのディナーですから、二人の思い出のなかの一品、たとえば初デイトのときのオムライスやナポリタン。しかし滝沢さんはメニューではなく、忘れられない君の笑顔、それも迷路で手探りを繰返しながらやっと僕を見つけたときの、飛びっきりの笑顔。どんな場面よりも素敵な笑顔が思われます。向き合えばそのときの笑顔がほしい。一回切りの笑顔でありながら、永遠不滅の笑顔が。今回のベストの「あれ」でした。
受賞した滝沢さんは作歌の過程について「「笑顔」は、水や空気と同じだと思う。
当たり前に身の回りにあるときは、ありがたさはわからないけど、“ない”状況になると、それなしでは生きれない、ということに気付かされる」とコメントした。
■アルテア部門
大賞・文部科学大臣賞 小田愛瑠さん(兵庫県立姫路南高校2年)
【問いの片歌】物語あなたのページひらいてみれば
【答えの片歌】ゼウスよりたった一言「おまえしだいだ」
選評(もりまりこ先生)
今回の問いの片歌は、季節に関するものや俳人への想い、現在や過去、未来を物語に託したものなど、バラエティに富んでいました。アルテア部門に寄せられた作品は、鮮やかに彩られていました。アルテア部門の大賞作品問いの一への片歌「ゼウスよりたった一言『おまえしだいだ』」。スケールの大きな時間感覚が表現されています。「あなたのページを開いてみれば」そこには全知全能の神の言葉が記されているというユーモアと俯瞰した視点がとても魅力的です。問いから遠く離れた答えのセンスに出会えたこと嬉しく思います。
受賞した小田さんは「私の中には、私が今まで関わってきた人達との記憶が書いてある終わりのない本があり、その中には私の「過去の記憶」と「未来は白紙」の章があります。私の現在のページを開くと、いつも「おまえしだいだ」とだけ書いてあります。それはちょっと意地悪なゼウスが書いたような気がします。それを見て前向きに未来へ向かっていく、というそんな情景を言葉に表現しました」と創作時の思いを明かした。
このほか百選や総評などは酒折連歌賞ホームページで公開されている。
上位入賞者が出席して行われる表彰式は例年2月中旬に行われているが、今年も昨年に引き続き、新型コロナウイルス感染症が全国的にも拡大傾向にあることから、感染拡大予防のため中止となった。
文(Y.Y)、顔写真:各受賞者提供 2023.2.1