山梨学院大学ニュースファイル

学生、教職員が建学の精神を学ぶ。山梨学院短期大学・第47回「木犀の会」

Vol.3632 | 2026年10月1日

学びや身に付けたことを社会に役立てる
相手を想像するも決め付けない思いやり

キャンパス南側の川沿いを木犀の清らかな香りが彩る10月1日、山梨学院短期大学は山梨学院創立者である故古屋眞一初代学院長と故古屋喜代子初代学長の「建学の精神」などを学ぶ「木犀の会」(もくせいのかい)を開き、在学生と教職員が一堂に会した。「木犀の会」は、1979年10月4日に亡くなられた古屋喜代子学長を偲ぶ行事として翌年から始まり、今年で47回目。名称は命日が木犀の香りが漂う頃であったこと、謙虚で温かい人柄を偲ばせることから名付けられた。
今年は例年2部構成で行っていた芸術鑑賞は行わず、羽畑祐吾短期大学長による講話に集約した。羽畑学長は「木犀の会」の由来や「建学の精神」について述べるとともに、本年度の問いとして「思いやり」について様々な視点から所見を述べた。出席した在学生、教職員らは熱心に耳を傾け、学生たちはメモや感想を書き込みながら聴き入っていた。
保育専攻科1年の大川茉那さんは「思いやりについて改めて考えるきっかけとなりました。相手のことをよく見て話を聞き、その上で自分の持っている知識を活用するということが専門職を目指す私たちにとても大切だと思いました」と気付きを確認。
同科1年の小川穂華さんは「教育目標や理念などを改めて見直したいと思います。思いやりについて、自分本位ではなく、相手のことを考えて動くことが本当の専門職の在り方だと分かりました」と素直な感想を述べた。

羽畑祐吾短期大学長の講話は次の通り。

故古屋喜代子先生の思いや建学の精神を確かめる木犀の会

第47回「木犀の会」にあたり、最初にこの会がどのような意味をもつ会なのか、皆さんと改めて確認したいと思います。
山梨学院は今から80年前、1946年6月3日に誕生しました。第二次世界大戦が終わった翌年、甲府の街の焼け残った建物を仮校舎として「日本を再建しよう、地方に文化の塔を建てよう」という強い決意のもと「山梨実践女子高等学院」としてスタート。現在の食物栄養科につながる本学の原点です。
食生活という、人が生きていく上で最も基盤となる営みを科学し、女性たちが専門的に学べる学校を創る。その学びを自分だけでなく、社会に役立てていく。創立当初から本学にはそのような思いがありました。
学校を創り、現在の山梨学院の礎を築かれたのが創立者の古屋眞一先生、古屋喜代子先生です。
古屋喜代子先生は1979年10月4日に亡くなられました。その翌年、喜代子先生を偲び、創立者が大切にした教育への思い、そして建学の精神を改めて確かめるために、1980年10月4日に最初の「木犀の会」が開かれました。名称は喜代子先生のご命日の頃に木犀の香りが漂うこと、その謙虚で温かいお人柄を偲ばせることから名付けられました。

学生と教職員が建学の精神を確かめ、学びを社会に還元する

私は、木犀の会はただ昔を懐かしみ、創立者を偲ぶだけの会ではないと思っています。
私たちが今学び、働いている山梨学院短期大学は、そもそも何を大切にして生まれ、学生を育ててきたのか。私たちはこれから先へどうつないでいくのか。それを学生と教職員が一緒に考える日なのだと思います。
本年度の木犀の会も、すべての学生と教職員が一堂に集い、本学の建学の精神を確認し、本学で学び身に付けたことを社会に還元する意味を改めて考える機会として開催しています。そこで、本学が創立以来大切にしてきた「建学の精神」にもう一度立ち返ってみたいと思います。

建学の精神に宿る理念「智、情、勇気、実践、貢献」

本学の建学の精神は2つの短い言葉で示されています。
「一、徳を樹つること」「一、実践を貴ぶこと」。
この建学の精神をもとに、本学の教育理念として示されているのが「智と情と勇気をそなえ、実践を貴んで、社会に貢献する人間を育成する」という言葉です。
創立者は「智」とは物事の表面だけを見るのではなく、本質を見通す叡智である。「情」とは純粋な愛である。そして「勇気」とは万事を貫く強い意志である、と説明されています。この「智」「情」「勇気」は「かしこく、やさしく、つよく」というより身近な言葉でも、長く本学の学生たちに伝えられてきました。

創立者・古屋喜代子先生が学生に残した「学生にのぞむ」という文章には、科学が大きく進歩している一方で、人間の社会にも、人間自身のこころにも、まだ平和と幸福は十分にもたらされていない。だからこそ、教育について真剣に考えなければならない、という言葉があります。
そして、大学で学ぶ目的として専門の学問と技術を身につけることだけでなく、「他のために貢献する情熱と、これを実践する力を養うこと」、さらに教養を広め、品性を高め、生涯を支えるよりどころを身につけることが示されています。

食物栄養科でも、保育科でも、専攻科でも、皆さんは専門的な知識と技術を学んでいます。それはもちろん大切です。しかし、本学が80年にわたり専門職を育てる中で大切にしてきたのは「何を知っているか」「何ができるか」だけではありません。その知識や技術を誰のために、どのように使うのか。目の前の人とどのように向き合うのか。そこまで含めて専門職としての学びなのです。
今日は学生の皆さんにも、教職員の皆さんにも、そして私自身にも関わる1つの問いを考えてみたいと思います。

今年の問い掛け「思いやりとは何か」

皆さん「思いやりとは何か」と問われたらどう答えますか。

私はこの春、卒業生に「想像できる力こそが、思いやりの源です」とお話ししました。そして入学式では新入生の皆さんに「目の前の人を思い描く力」「人を想像する力」をこの2年間で育て磨いてほしいとお話ししました。今日は、その「人を想像する」ということから、もう一歩先へ進んで考えてみたいと思います。

例えば、誰かと意見が食い違ったときを考えてみてください。自分には自分の考えがある。相手にも相手の考えがある。そのとき「自分の方が正しい」と押し切るのではなく、相手はなぜそう考えて今どんな気持ちなのだろう、と想像してみる。私はそこから思いやりが始まるのだと思います。
けれども、ここで大切なことがあります。相手の心は、本当は分かりません。いくら想像しても、それはあくまで私たちの想像です。だから「きっとこの人はこう思っている」と分かったつもりになってはいけない。

想像する。でも、決めつけない。聴く。考える。

想像する。でも、決めつけない。だから相手の話を聴く。そして自分の知識や経験を使って、もう一度考える。自分の見方に偏りがあったのではないか、自分の言い方が一方的だったのではないか。そこでは自分の考えを見直すことも必要になります。
これは自分の意見を捨てて、ただ相手に合わせるということではありません。自分の考えを持ちながら、相手の考えにも耳を傾ける。そして必要なら言い方を変える、考え方を修正する、自分の立つ位置を少し変えてみる。自分の主張を調整できる優しさと、それができる強さです。
相手が望むことを何でも受け入れることでもありません。時には相手のためを思えばこそ、伝えにくいことを伝えなければならない。大切なのは「私は正しいから言う」のではなく、この言葉を相手はどう受け取るだろうか、どう伝えれば届くだろうか、と考えることです。そこにも目には見えにくい思いやりがあります。

専門知識を振りかざさず、一方的にならない思いやり

学校生活でも同じです。友人との対話、グループでの共同作業、授業の中で1つの課題に取り組むとき。自分の考えだけで進める方が早いこともあるでしょう。でも、相手が何を考えているのかを想像し、言葉を聴き、互いの考えをすり合わせながら進める。その過程に思いやりが現れます。
これは、学生だけに求められることではありません。教える側にも、支える側にも、同じことが求められます。相手のためと思って発した言葉が、本当に相手に届く言葉になっていたか。私たち教職員もまた、日々問い直さなければなりません。
こうした思いやりは一つ一つの対話や、ちょっとした言葉の選び方や、相手の話をもう少し聴いてみようとする姿勢として積み重なっていきます。その積み重ねが、人と人とがどう関わるのかという本学独自の文化・校風を作っていくのだと思います。

そして、これは食と保育を学ぶ皆さんにとって、専門職としてとても大切なことでもあります。専門職には、正しい知識が必要です。確かな技術も必要です。でも「正しいことを知っている」だけでは目の前の人を支えることはできません。専門知識を振りかざすのではなく、相手の立場や現実を想像しながら、どうすれば一緒により良い答えを探せるかを考える。専門性が高くなるほど「正しいことを知っている自分」が一方的にならない思いやりが必要になる。私は、そう思います。

小さなところから「思いやり」は作られていく

創立以来80年、専門職養成校である本学・山梨学院短期大学は、そもそも人とどう向き合うことを大切にしてきたのか。それは「建学の精神」をもとにした「智と情と勇気をそなえ、実践を貴んで、社会に貢献する」という教育理念を紐解き「思いやり」を大切にしてきたと学長の立場からお話ししてきました。では、この「思いやり」を私自身は日々の中でどう実践しているのか。一例をお話しします。

毎年前期には、私の前職が製薬企業の研究員だった経歴をいかした教養科目があります。食や健康に関する玉石混交の情報があふれる現代を生きる学生の皆さんに、科学情報を読み解く力をつけていただこうと、本格的な内容や最先端の情報をできるだけかみ砕いてお話ししているつもりです。

四半世紀、研究の世界にどっぷりと浸かっていた私と学生の皆さんとのギャップは否めません。自分ではかみ砕いているつもりでも、まだまだかみ砕き足りない内容も出てくる。私は毎回「疑問や質問があったら、何でもいいからWebClassの『講義を終えて』に次の授業の2日前までに書き込んでください」とお願いしています。

書き込まれた感想・コメントは必ず全部読んで、次の講義の冒頭により詳しい解説やかみ砕き直した内容を示すことにしています。「最新のことを正しく知ってもらいたい」という思いから、必要であれば次の講義の冒頭に十分な時間を取り、学生の皆さんの疑問に答える。そんな小さなところから、本学の「思いやり」は作られていくのだと思います。

一、 徳を樹つること

一、 実践を貴ぶこと

この樹徳観と言われる「建学の精神」をもとにした「智と情と勇気をそなえ、実践を貴んで、社会に貢献する」という言葉には、今から80年も前に創立者の古屋眞一先生・喜代子先生の本学設立の熱い思いが込められています。そして、その思いの中から、専門職として人と向き合う時に「思いやり」がとても大切であることを、喜代子先生のご命日に際したこの「木犀の会」でお話しさせていただきました。ご清聴ありがとうございました。

(文・カメラ 古屋賢二) 2026.10.1