山梨学院大学ニュースファイル

菰田陽生、日ハムが1位指名。プロ野球ドラフト会議

Vol.3639 | 2026年10月22日

「意中の球団からの指名。うれしくて感動」
投打の二刀流「大谷2世」。ぐっと現実味

プロ野球のドラフト会議(新人選手選択会議)が10月22日、東京都内のホテルで行われ、山梨学院高の菰田陽生選手が北海道日本ハムファイターズから単独1位で指名され、同球団がそのまま交渉権を獲得した。日本ハムは米国大リーグのドジャースで活躍する大谷翔平選手が高校3年次、日本のプロ野球を経ずに直接大リーグ入りを希望していたが、栗山英樹監督(当時)が大谷選手の育成プランを示すなどして説き伏せ、投打の二刀流で育てた実績がある。山学高からドラフト1位指名を受けるのは1996年度にヤクルトスワローズから指名された伊藤彰投手以来30年ぶりの快挙。

緊張のドラフト会議、1巡目に指名され表情和らぐ

当日は山学高ルネサンスホールに特設の会見場が設けられた。中央のひな壇にテーブルと椅子が用意され、その対面にドラフト中継用のテレビが設置された。午後5時ごろから開始予定のドラフト会議に向け、2時間前には県内外から約100人の報道陣が詰めかけ、注目度の高さを伺わせた。ひな壇をぐるりと囲むように16台のテレビカメラが設置され、菰田選手の会場入りを静かに待った。
午後4時30分、菰田選手が会場に入ると約50人の野球部員をはじめ報道陣から温かい拍手が起こる。ひな壇に向かって左から吉田正校長、菰田陽生選手、吉田洸二監督、吉田健人部長が席に着いた。いつもは柔和な表情の菰田選手もさすがに運命のドラフト会議、緊張は隠せない。やがてテレビ中継が始まった。落ち着いた表情ながらも視線はドラフト会議にくぎ付け。

そして「第1巡選択希望選手、北海道日本ハム、菰田陽生、投手、山梨学院高校」と1位指名のアナウンスが響く。その瞬間、菰田選手は口を横に結んだまま、息を飲み込むような仕草、のどの辺りが小さく動いた。視線はテレビ中継を見つめたまま、表情に変化はない。その時、わき起こった野球部員らの大きな拍手。菰田選手はようやく安心したかのよう、少しだけ柔らかい表情を見せた。

菰田選手は会見で「日本ハムファイターズに1巡目で選択していただいて、本当にうれしい気持ちでいっぱいです。自分としても本当に日本ハムファイターズさんに行きたいという気持ちがあり、こうやって呼んでいただいた事で本当にうれしくて感動しています」と率直な気持ちを話した。

日本ハムは自分が一番成長できると思える球団

日本ハムファイターズの印象を「大谷翔平選手が日本ハムさんで活躍して、今もメジャーで活躍しています。自分も二刀流に挑戦する形で日本ハムさんに入れるのはプラスです。日本ハムさんは環境や野球に関する心の面で自分が一番成長できると思うので、行けることになって本当に良かったと思います」と憧れの大谷翔平選手を引き合いに出して話した。
厳しいプロの世界に進むことには「プロ野球という高いレベルの中で野球をするという事は、自分のレベルではまだまだだと思うので、まずはちゃんと育成してもらい、いつかは日本を代表する選手となって活躍できればと思います」と育成に期待をのぞかせた。

また「山梨学院高校に来たからこそ今の自分の結果があると思うので、4年前に見学に来て、山梨学院高校に決めて本当に良かったと思います」と山学高野球部での高校生活を振り返った。
最後に「プロ野球選手になって活躍することが自分の目標なので、そこへ向けて日々精進して練習していきたい」と決意を述べた。
吉田洸二監督は「二刀流の育成実績がある球団から名誉ある1位指名を頂き、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。彼ならきっとやれると思いますので、皆さん今後とも菰田をどうかよろしくお願いいたします」と感謝を述べた。

出場できなくても裏方でチーム支えたキャプテン

菰田 陽生【こもだはるき】 2008年12月生まれ。千葉県御宿町出身。身長195センチ、体重103キロ。右投げ右打ちで投打の二刀流。恵まれた体格を生かして投げては最速152kmのスピードボール、打っては高校通算39本塁打を放った逸材。米国の大リーグで二刀流として活躍する大谷翔平選手に重ねて「大谷2世」として注目されてきた。
千葉県御宿町立御宿中を卒業後、2024年、山梨学院高入学。2年次の春のセンバツ、夏の選手権、3年次のセンバツと3期連続で甲子園に出場。中でも2年次の夏の甲子園では4試合に登板してベスト4進出。全国的に注目を集めた。
しかし、今年の春以降は苦しい時期が続いた。今年3月に行われたセンバツ甲子園の初戦、一塁手として守備につきバッターランナーと交錯、左手の手首付近を骨折した。「試合に出られなくてもできることはある」と言い、キャプテンとしてチームを裏方で支えた。
最後の夏の大会直前に復帰したが、チームは県予選の準決勝で敗退。センバツの「借り」を返すことはできなかった。U18の日本代表にも選出されず「二刀流・菰田陽生」をアピールする場もなかった。それでもプロ野球という目標を見失うことなく、夏の大会後も地道にトレーニングを続け、今回のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから1位で指名された。

(文 古屋賢二)(カメラ 平川大雪) 2026.10.22